離婚を経験した子どもからの手紙

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2004年12月
「親の離婚を経験した子どもからの手紙」
-ステップファミリーで育った子どもが自分の家族を振り返る-

Letter From a Child From the Good Divorce -An Adult Child Writes About Her Stepfamily
コンスタンス・アーロンズ
Constance Ahrons,Ph.D
南カリフォルニア大学社会学名誉教授 
http://www.constanceahrons.com/books-resources

Your Stepfamily Online 5/6月号 2004
1974年、コンスタンス・アーロンズは、94組の離婚した夫婦とその家族が辿ったその後の人生を追いかけた研究に着手しました。これは、彼女がその後20年にわたり携わることになる記念碑的研究となりました。彼女の研究は、普通の家族が、離婚して2つの世帯に分かれ、その後再婚しステップファミリーを形成する、といったプロセスを通して研究した最初のものです。アーロンズは1994年にその研究成果を著書『The Good Divorce』にまとめ、出版しました。

The Good Divorce』の終わりに、アーロンズは次女(この本を執筆しているときには、30才を越えていました)から受け取った手紙のなかにあったエッセイを載せています。このエッセイは、娘さんが大学院進学願書の項目のひとつとして書いたものでした。親の離婚と、それに続く再婚が「現在の自分」をどのように形作ったのかについての自分の経験を書いたのです。

アーロンズは言います。「娘からの手紙は、私たちだけでなく他の多くの親たちにとって希望を与えるものです。離婚が思ったより良い結果とならなかったとしても、敵意に満ちた関係が始まっても、私たちはまだ複核家族(*)として暮らすことから学べることがあります。たとえ離婚に対して良い側面が得られることをまったく期待していなかったとしても、そのプロセスはすばらしい価値のある経験となるのです。すぐに目に見える形でその価値がわかる場合もあれば、今回娘が私に教えてくれたように、30年たって知らされることもあります。仕事に、過ぎて行く時間に、幸運に、自分の中の善意に喜びを持つのと同じように、大変つらい経験にすら感謝するきっかけは生まれるものなのです。

これが、アーロンズの娘がその日、書いた手紙です。

大学院進学願書の質問:

私たちはみな、人生のなかで出会う人々や出来事、環境などから影響を受けています。そういった影響は、現在のあなたをどのように形作っていますか?(私たちの目的は、あなたがこれまでにしてきたことを知ることではなく、あなたがどのような人間であるかを知ることです。)

私が4才のとき、私たち家族はニュージャージーの郊外からウィスコンシン州マディソン郡に引っ越しました。この引っ越しの思い出で一番覚えているのは、中西部までのドライブの途中にあるナイアガラの滝に立ち寄ったことです。母は、大きな黒いレインコートを着て滝下りをするボートに乗った、私と姉を写真に撮っていました。その時、私の母と父は写真を撮らなくてはならなかったのです。2人はその時まだ結婚していましたが、引っ越して1年後に離婚することになっていたからです。ロースクールに通っていた父はアメリカの東海岸に引っ越すことになり、そこで卒業を迎えました。

1965年当時は今と違って、離婚は珍しいものでした。特に、親権を欲しがる父親というのは聞いたこともありません。でも私の父はそういった規範に影響される人ではありませんでした。彼は子どもたちとの関係を保ち続けることに決めたようで、実際に、私と姉のサマーキャンプに来たり、母が知らないところで私たちを連れ出したり、マディソン郡からニュージャージーのビーチ沿いにある父方の祖母の家まで車で遊びに行ったりしました。黙って私たちを連れ出した日の午後、バス停で、私たちが降りてこないバスを待っていた母が何を思っていたのか、私には想像できません。最近になってその時のことを話してみたら、母は探偵を雇ったあと、母の兄の手を借りて、私たちを見つけたのだと知りました。

当時、私はただ、父が休みに私たちを遊びに連れて行ってくれているのだと思っていました。母は私たちを探しにニュージャージーまで来ました。そこで私の両親とおじさんの間で何か口論があったのですが、それはあまりよく覚えていません。正直言って、私の記憶は、何年も後に話をして知ったものがほとんどだと思います。

それから30年が過ぎました。でも未だに、両親の離婚は、答えの出ない問題と心の痛みをもたらすのです。この領域の研究は、離婚が子どもにもたらすネガティブな影響を強調します。私も未だに痛みを感じています。けれども、私にとってとてもポジティブな結果となっているし、今日の私の人間性にもポジティブな影響を及ぼしてきました。

ひとつめは、わりと早い時期に自立を余儀なくされたこと。母はシングルマザーとして大学院に通っていたので、家のことは私と姉が責任をもつ部分が多くなりました。また、私たちはウィスコンシン州に、父は東海岸に住んでいたので、面会するのは容易なことでありません。でも幸い、私の両親がお互いに対して敵意を持っているようなところは見たことがないので、父とも母とも関係を続けることができました。定期的に父のところに遊びに行くのは、1年中ふたつの土地の間で旅を続けているかようでした。このことは、私の独立心が常に試される状況を作りました。

ふたつめは、2つのライフスタイルと無数の文化的な環境に触れる機会を得たこと。私の両親は暮らし方や生き方が全く違いました。60~70年代を過ごした、母と大学教授である継父とのマディソン郡での生活は、伝統にとらわれない自由な教育を経験させてくれました。反対に、弁護士である私の父と過ごした時間は、保守的で伝統的なライフスタイルに触れさせてくれたのです。それに、どっちの家族も旅行が好きだったけれども、それをとっても全く違うのです。私が9才のときにはヨーロッパへ、13才のときにはスカンジナビアに旅行できたのは、とても幸運だったと思います。母と継父は車を買うことにして1ヶ月以上ものんきに旅行し、小さなペンションに滞在し、街道沿いにピクニックをしたり歴史名所を訪ね歩いたりします。対照的に父と継母(と、父が2度目の結婚でできた弟と妹)とは、カリブ海のリゾートやニューヨークの劇場、イスラエルへの家族旅行に行きました。

両親の離婚とその後のそれぞれの再婚は、私にとってモデルとなる4人の親の与えてくれました。そして私は、4人それぞれから大きな影響を受けてきました。母はいつも新しい目標に向かって努力しています。私が成長するにつれ、母は修士号を取り、博士号を取り、そして大学での終身在任権を得ました。今は2冊目の本の出版に取りかかり、キャリアを築く次のステップを踏み出しています。母は、私が目標を設定しそれを達成するにはどうしたらいいか教えてくれます。そして、私が心に決めたことは何でもやり遂げられると信じてくれています。すでに終身在任権を保証されている継父は、家を守ってくれる人です。家族で夕食をとったり、家のあちこちを修理するドリルなどのいろんな道具の使い方を教わったり、一緒に古いシャーロック・ホームズの映画を観たりして、彼との時間を過ごしてきました。彼は私が自立しても自分のことは自分でできるように、好きなことをして時間を過ごせるように、導いてくれていたのでした。

父は自分で事務所を開き、多くの夫婦関係の問題に立ち会ってきました。父は私に我慢することや、成功を収める方法を教えてくれました。家族は父にとって最も大事なものです。父が大事にしてきた拡大家族(親戚)との絆は、私もこの家族の一員なのだ、という感覚を与えてくれ、寛大であること、信頼すること、誠実であることは大事なことだと教えてくれました。継母は2人の子どもを育て、回転ドアを通るように行き来する2人の継娘を持ちながら、父の事務所を経営していました。彼女はこんなごちゃごちゃした家族にもかかわらず、いつも穏やかで気さくに私たちを迎えてくれる、思いやりの深い人でした。私は彼女に、誰かを歓迎する気持ちや、誰かにあなたもこの家族の一員なのだと伝える方法を教わりました。

私の姉と私は同じ親を持っています。この経験を共有する姉のような人がいないなんて、想像するのは難しいことです。私が必要としたときは、姉はいつも側にいてくれました。私が何か相談したいときや、次の挑戦を前に後押しが欲しいときを、姉はわかっていてくれます。そして、私には父の2度目の結婚でできた小さい弟と妹がいます。弟と妹は私に、‘家族’という言葉の新しい意味を教えてくれました。ある家族では私は末っ子になり、もうひとつの家族ではお姉ちゃんになるのです。小さいきょうだいができることによって、私が彼らのモデルとなったり、逆に私が彼らにどんな影響を与えているのかがわかるようになりました。

両親の離婚とそれ以降に起こった家族の変化に、私の人生は驚くほど影響を受けました。普通だったらできない経験をしました、でもそれも全て両親の離婚から得たものです。私は両親の離婚が皆に起こることを願っていませんし、私も自分から経験したいと望んでいるわけでもありません。けれども、両親の離婚は私に、他では経験できないようなすばらしい機会を与えてくれました。家族との親密な絆が、今の私という人間ができる基盤を作ったのだろうと思うのです。

*複核家族(binuclear family):
アーロンズの一連の研究のなかで発展させてきた概念。複核家族とは、2つの世帯にまたがった家族のことです。核家族が1つの核を持ち1つの世帯を共有しているのに対し、複核家族は離婚により核家族が2つの世帯に分裂しているものです。その分裂した2つの家族では、父親、母親それぞれが世帯主となります。つまり、家族は、核家族の構造から複核家族の構造に移行しても、ひとつのユニットとしてあり続けるということを示しています。

※この記事は2013年4月に掲載した記事です。

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